中国学工具書提要 過立齋日進譚 工具箱 網路資源 過立齋談話室(BBS) - トップページ  齋主にメールを送信する 当サイトについて
過立齋叢書電子文獻
老子道徳經解題
(2002,7,7暫定初版)
『老子』諸本簡介

郭店楚簡(甲乙丙)本 (郭店本)【郭】

1993年、湖北省荊門市郭店楚墓より竹簡本『老子』が出土し、その後の鑑定で紀元前300年前後の戦国後期のものであることが明らかにされました。この郭店楚簡本『老子』は、簡の体裁などから三種類に区別されていて、甲本は都合39枚で一簡の長さが32.3cm、乙本は全18枚で一簡の長さは30.6cm、丙本は全14枚で一簡の長さが26.5cmとなっています。このうち丙本は同時に出土した「太一生水」と名付けられた古佚書と全く同じ体裁を持っており、文献学上注意が必要です。郭店楚簡本『老子』最大の特徴は、章の順序や区切り方が今の『老子』と全く異なっていることです。(※下表参照。数字は後述の河上公章句の章次。)

【甲本】
19 - 66 - 46b,c - 30a,b - 15 - 64c - 37 - 63 - 2 - 32 - 25 - 5b - 16c - 64a - 56 - 57 - 55 - 44 - 40 - 9

【乙本】
59 - 48a - 20a - 13 - 41 - 52b - 45 - 54

【丙本】
17 - 18 - 35 - 31b,c - 64c

『老子』は、これまで木村英一氏の『老子の新研究』など漢初成書説もありましたが、少なくともこの発見によって戦国時代に『老子』の原本が存在したことは確実になりました。とはいえ、上記のような雑然とした体裁を目の当たりにする限りでは、『老子』という書物の謎多き現状は、依然として変わりそうもありません。書名や篇名を表出した形跡が見られず、これが「老子の書」として見なされていたという確証がないことも、今後注意が必要かも知れません。

■テキスト・注釈書・邦訳
 荊門市博物館『郭店楚墓竹簡』(文物出版社、1998)
 崔仁義『郭店楚簡老子研究』(科学出版社、1998)
 池田知久『郭店楚簡老子研究』(東大文学部中国思想文化学研究室、1999)

■網上電子文献
 香港中文大學圖書館「郭店楚簡資料庫」(Big5)
 臺灣中央研究院「文物圖象研究室」(Big5)
※いずれも底本は文物本。

馬王堆帛書(甲乙)本 (帛書本)【帛】

1973年、湖南省長沙馬王堆3号漢墓から絹布に朱欄墨書された二種類の『老子』が発見されました。字体や避諱字(高祖劉邦の諱「邦」を乙本は「國」字に改めていますが甲本は改めず、惠帝の諱「盈」は両本共に使用していて「滿」字に避けられていない)などから、甲本は高祖在世中或いはそれ以前の本、乙本は高祖在世から惠帝在世中の間に鈔写された本とされています。また甲本は『老子』の後に、乙本は『老子』の前に、それぞれ黄老(或いは道法)思想と関連の深い古佚書が数種類、同一帛内に鈔写されています。

帛書本はいずれの本も道經・徳經が今と逆転しているのが特徴で、『韓非子』の解老・喩老の両篇に引かれる『老子』の章句の順序がやはり道・徳逆転していることから、これが『老子』の古い体裁であるとして注目されました。また若干ではありますが、郭店本同様、今の『老子』とは章次が入れ替わっている箇所もあります。

■テキスト・注釈書・邦訳
 馬王堆漢墓帛書整理小組『馬王堆漢墓帛書〔壹〕』(文物出版社)
 高明『帛書老子校注』(中華書局、新編諸子集成)
 『馬王堆帛書老子』(明徳出版社、中国古典新書)
 金谷治『老子』(講談社学術文庫)

※後掲、福永光司『老子』(朝日新聞社、中国古典選)の78年文庫版は、明和王弼本を底本としつつも、帛書本との異同を注記しています。

■網上電子文献
 臺灣中央研究院「文物圖象研究室」(Big5)
 (※底本は文物本。)

敦煌出土唐鈔河上公本 (敦煌河上公本)【河】

(易州・邢州)龍興觀道徳經幢本 (龍碑本)【河】

下表に示したのは『老子』の帛書甲乙両本・河上公本・傅奕本・王弼本の助字の見出頻度を対照させたものです。一見して河上公本には他本には全く見られない傾向があることが諒解されるでしょう。すなわち河上公本は他本に比べて明らかに助字が少なく、特にそれが文末の助字において顕著に表れるという特徴があるのです。(※注:下表は老子の上篇(道經)部分のみの暫定値です。今後、下篇も含めて改めて集計結果の上網を予定しています。)

老子諸本の助字使用頻度(上篇部分のみ)
兮(呵)
帛書甲本 116 70 8 6 6
帛書乙本 118 75 8 6 7
傅奕本 120 20 9 7 9
河上公本 88 0 0 0 0
王弼本 110 10 10 8 2

これは既に武内義雄氏が岩波文庫本『老子』の解題でも明らかにされているように、六朝〜唐にかけての本文改変によるものと考えられます。六朝末〜隋の頃の顔之推が著した《顔氏家訓・書證篇》に、

「也」是語已及助句之辭、文籍備有之矣。河北經傳、悉略此字、其間字不可得無者。

「也」は是れ語已(語尾)及び助句の辞にして、文籍備へて之れを有するなり。河北の経伝、悉く此の字を略し、其れ間々字の無きこと得べからざる者あり。

とあるように、「也」などの助字をことごとく省くのは、当時の北学(北朝系の学問)のひとつの傾向だったことが判っているからです。この河上公本(易州龍興觀碑本)が北学系のテキストであることは、上の表の結果からも視覚的に把握することができます。河上公本は現存する『老子』の中で、質的にも量的にも最も善いテキストを我々に提供していますが、殊、こうした助字の問題については注意する必要があります。特に楚の辞賦などに頻見する「兮」という助字まで削去してしまっているのは、ある種致命的な欠陥と言えるかも知れません。幸い武内氏の校定本は、我が国に伝わる南学系の古鈔本を底本としているので、岩波文庫本『老子』は今なお現役で活用し得る精善な『老子』のテキストとすることができます。

※本項で掲載した助字の頻度表は、NGSM(N-Gram based System for
Multiple document comparison and analysis. ※n-gram統計を用いた異本対照)による成果の一部です。n-gramやNGSMについての紹介はここでは省きますが、詳細は漢字文献情報処理研究会編『漢字文獻情報處理研究』第二号(好文出版、2001)の特集「N-gramが開く世界」を参照して下さい。猶、上表作成にあたって齋主が使用したツールは下記の通りです。

Active Perl v.5.6.1 build 631
morogram.pl v0.7.1 (師茂樹氏作)
 (※極悪氏作成の実行ファイル版を使用)
ngmerge.pl (近藤泰弘氏作)
Cluster97.xla v3.2(早狩進氏作)(※Excel用アドイン)

使用ツールのバージョンなどは、ページ制作時点(2002/2)のものです。

敦煌出土玄宗御注本 (敦煌御注本)【御】

正統道藏慕字号道徳經古本篇 (傅奕本)【傅】

日本江戸明和七年宇佐美灊水校刊王弼注本 (明和本)【王】

明和王弼本明和王弼本このサイトで掲載している『老子』の底本です。
郭店本と帛書本の両出土資料を除けば、現存する『老子』は概ね三つの系統に大別することが出来ます。前掲の河上公本、傅奕本、そしてこの王弼本です。

今本中で最も精善なテキストを提供しているとされている河上公注本ですが、既述の通り、河上公という人物自体謎が多く、その成立は一般に南北朝頃であるとされています。そのような事情もあって、この王弼注本は既存の注本の中で最も伝承の古い伝本ということになっています。王弼は三国・魏の人で、『周易』と『老子』に注解を加えた人物として知られ、特にそれまで卜筮の実用書と見なされてきた『周易』については、王弼に至って初めて学問として科学的に批判されるようになりました(『魏書』鍾會傳裴注に孫盛の興味深い批判があります)。『老子』の注についても、おしなべて河上公の注よりも評価が高く、テキストは河上公、注釈は王弼と分けて利用している研究者も多いようです。ただ逆に言えば、テキストとしては、質的にも量(バリエーション)的にも河上公本に劣るので、利用に際しては、やはり相互に参照するか、用途に応じてテキストを使い分けることが望ましいでしょう。王弼の略歴は晉の何劭の記した伝記が『魏書』鍾會傳の裴注に引かれています。彼は若年時から『論語集解』の何晏に見出されて高く評価されましたが、24歳の若さで「癘疾」(ハンセン病)により没したとされています。

王弼本は、中国で刊行されたものでは道藏本と殿本(武英殿本)が一般的ですが、日本の江戸時代の明和年間に上総の宇佐美灊水(うさみしんすい)によって校刊された、所謂「明和本」が最も優れているとされています。宇佐美灊水は、荻生徂徠(おぎゅうそらい)の門弟で、古文辞学派の流れに属する漢学者です(*)。我が国の江戸時代の儒学界において、朱熹の『四書集註』に代表される宋儒の「新註」がもてはやされたのは周知の事実ですが、『老子』にもやはり「新註」と呼ばれるものがあって、それが宋の林希逸の『老子口義(ろうしくぎ)』という注釈書でした(『老子口義』は林希逸の書斎名を取って「鬳齋(老子)口義(けんさいくぎ)」とも呼ばれます。猶、林希逸には他に『莊子口義』や『列子口義』もあり、これらを総称して「三子口義」といいます)。この林希逸『口義』は、『老子』を儒教と関連づける点に最大の特徴があり、朱子学全盛の江戸時代に最も流行した『老子』の注本となりましたが、灊水は徂徠門下ですから、新註の『口義』よりも古学を貴んで王弼注を選択します。しかし王弼本は灊水自身も「王註今本多亂脱、無善本可取正」(宇佐美灊水「刻老子王註序」)と嘆いているように既に善本がなく、この短所を補うべく、灊水は明の焦竑の『老子考異』や孫鑛の『老子古今文考正』を標注として加え、更に陸徳明の音義を王注の後に附すなど、極力異文照会の便宜を図っています。残念ながら齋主所蔵の明和本は初印本ではなく、とても状態が良いとは言えませんが、現在網上で公開されている『老子』のテキストが河上公本が主体ということもあって、王弼本中最善とされるこの本を公開することに、いささかの意義を見出した訳です。

(*) 荻生徂徠門下(所謂「物門」)の太宰春臺、山縣周南、安藤東野、僧萬庵、平野金華、服部南郭、宇佐美灊水ら「物門八子」に挙げられる面々の肖像「蘐園諸彦會讌圖」(雨宮章廸画)が東京大学史料編纂所・玉川大学教育博物館などにあります。このうち史料編纂所所蔵のものは賛入で、『週刊朝日百科・世界の文学』89の表紙を飾っているので手軽に見ることができます。

■テキスト・注釈書・邦訳
 樓宇烈『王弼集校釋』(中華書局)
 武内義雄『老子原始』(弘文堂)
 小川環樹『老子』(中公文庫)
 福永光司『老子』(朝日新聞社、中国古典選)

■網上電子文献
 麥谷邦夫氏「道氣社」(JIS)
※底本未詳(正統道藏本?)。

制作・著作:秋山 陽一郎
All Rights Reserved to Y.Akiyama since 2002.