要旨( abstract )
姚本戰國策考
― 劉向本旧態保存の是非と劉向以前本復元への展望
(立命館東洋史学会『中國古代史論叢』、2004-3)
班固によれば、司馬遷は《史記》の戦国部分を制作するのに《戰國策》の原本に拠るところが多かったというが、そうであるとすれば、《戰國策》の史料的信頼性はそのまま《史記》戦国部分の史料的信頼性にも直結しているといえる。ところが、この《戰國策》は唐宋間の部分的散佚を経ており、またともに北宋の曾鞏の校定した本に依拠していながら、南宋の姚宏の校定本(いわゆる「姚本」)と鮑彪の校注本(いわゆる「鮑本」)という全く性格を異にした二系統の本が伝わっている。一般的にはこのうちの姚本が勝るとされるが、姚本が劉向以来の原貌をとどめていないとする論も根強く、またそのような論説に対する批判についても、依然 章次が必ずしも年代順になっていないという問題の原因解明になお議論の余地がある。そこで小論では果たして姚本《戰國策》が劉向以来の原貌を留めているか否かをを明らかにするとともに、劉向以前本を見据えた《戰國策》の可逆的復元の可能性を模索し、以下のような結論を得た。
- 姚本《戰國策》は章次において必ずしも厳格な年代順には並んでいないが、用字や内容に一定の特徴が認められる先行著作群の介在が認められる。これは馬王堆帛書《戰國縱橫家書》が持つ劉向以前本《戰國策》系説話集の特徴と合致する。
- 劉向が先行する諸本を敢えて分解・再構築せずに、元の構成を保ったまま新定本中に編入したことは既に《荀子》のような他の先秦古文献の研究によっても明らかにされているが、その意味で現行の姚本《戰國策》は劉向本、あるいは劉向以前本の原貌を忠実に伝えているといえる。
- これにより劉向の《戰國策》の校定は、《戰國縱橫家書》のような特徴を持った先行する戦国説話集を、基本的に元の構成を保ったまま年代順に配列した。先行する個別の説話集を分解せずに編入したため、必ずしも厳密な年代順をとるという訳にはいかなかった。「略ぼ時を以て之れを次す」とはそのような事情を踏まえた説明であると考えられる。
- 以上の事柄から姚本を介して、劉向以前本《戰國策》の可逆的復元は可能であると考える。《史記》や《春秋事語》・鮑本《戰國策》は、個別の説話を年代順に再構築して戦国史の通覧に便宜を図っているが、寓言の多い戦国説話の場合は、むしろ姚本《戰國策》のように資料の「書き手」や「伝え手」を選別しやすい体裁を持つものの方が史料批判に有利であり、これこそが《史記》に対する《戰國策》の優越点である。
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